借金ができた理由について

産休に入り自分の時間が増えたので、過去を見つめ直す機会として借金ができた理由を書き直すことにしました。時系列に沿って詳しめに書いていきます。きっかけは仕事のノルマ達成のため楽天のクレジットカードを持ち始めたことで浪費が激しくなってしまったこと。次第にクレカ返済のために消費者金融に手を出して、最終的には債務整理をして178万の借金となりました。

3.11から無職になった18歳の私

私は高卒で就職予定でした。高校時代は情報特化の科を専攻していたこともあり、本当はIT系の専門学校に通いたかったのですが、妹が中学生の頃から保育士になる夢を持っていたため大学に行くことを決めていました。そのため両親にも金銭的な負担がかかってしまうと思い専門学校に行くことを諦めて就職する道を選びました。

高校生の時に簿記やExcel、Word関係の資格を取得できていたので、遠方の沿岸地域の小さな会社で事務として就職が決まっていました。私の高校の卒業式の日に3.11東日本大地震が発生。面接をしてくれた会社の人事の方とも連絡が取れなくなってしまい、ハロワ経由で私の就職先は津波に飲み込まれなくなってしまったと知りました。卒業式が終わったらすぐに沿岸地域に引っ越すつもりでいましたが、実は入居予定だったアパートも津波で流されてしまっていました。

高校卒業して直後に無職となってしまった私。東日本大地震の被災県でもあるので、3日ほど電気のない生活をしました。幸いにも地元は断水していませんでした。ラジオのニュースは沿岸地区の津波情報しかやっていませんでした。ひとまず最低限の生活ができるようになってからハロワに行くと、たくさんの人が押しかけていました。そのほとんどが沿岸地域で職を失った人達。県庁所在地のあるこの場所までかなり距離がありましたが、当時ハロワは沿岸地域で被災した人を優先に仕事を紹介してくれていたので、私は若いということもあり相手にもされませんでした。

そんなわけで3.11から3ヶ月経過した6月まで実家で無職、というかニート生活をしていました。さすがに働かなきゃマズイなーと思って近所を散歩していたところ、某ドラッグストアでアルバイトの募集をしているのを発見。即採用され、私はそのドラッグストアの店舗で7年勤務し、結果的にアルバイトからパート、パートから中途社員、副店長にまで昇給することに。なんだかんだ10年勤めることになるのでした。

仕事のノルマ達成のためクレカ契約

某ドラッグストアでは最初は遅番の4時間勤務。20歳で登録販売者の資格を取り、22歳の時に7時間のパートに昇給し私は化粧品販売を任せられることになりました。しかし後々知ることになるのですが、この化粧品販売が某ドラッグストアの中でも過酷と言われる仕事でした。

アルバイトの時には気にもしていなかった店舗の売上を知ることになり、私は毎月異なる化粧品メーカーで数十~数百万というノルマを背負うことになりました。私を教育してくれた先輩化粧品担当者は新店に移動してしまい、私は1人でこのノルマを背負うことに。昔からある店舗なので優良顧客はいたものの、ノルマの金額が他店と比べても遥かに上回っていたのです。

新人担当者の私は新規で自分のお客様を作りながらノルマ達成のために接客に追われていました。自分の実力不足でもあるのですが、とあるメーカーの販売強化月間の月に、締日まで残り5日で50万を売り上げないと達成できないという切羽詰まった状態でした。1日10万は最低売らないと無理な計算。売上の達成率が芳しくないと特売日に上司と化粧品メーカーのお偉いさんが店舗巡回に来て、倉庫に呼び出され説教を受けていました。

某化粧品メーカーのお偉いさんから「ノルマを達成する見込みがないなら、クレジットカードでも作ってあなたの給料から出しなさい」と言われました。今思うとこれパワハラですよね…。それまでクレカを持っていなかった私は急いで楽天カードを契約することに。さすがに残りのノルマの金額を全部クレカから出す訳にはいきません。それから私は毎月10万ほどのパート給料から3~5万程をノルマ達成のために充てることになりました。今の某ドラッグストアでは禁止されている従業員の自腹購入が当たり前の時代でした。

化粧品担当時代は実家暮らしとはいえども生活費を入れていたので、自分が自由に使えるお金は僅かでした。ほぼ自腹購入で給料がなくなっていき、支払いが嵩んで一括払いから分割払いに切り替えることに。そこで終われば良かったのですが、また転機が訪れます…

社員になってから歯車が更に狂う

勤務歴が長く医薬品と化粧品の接客ができる人材は貴重だったようです。25歳になり、私は上司の推薦でパートの化粧品担当から中途社員になりました。この頃には化粧品担当として自分のお客様が多くついていました。相変わらず毎月自腹出費をしていたので金銭的にはかなり苦しく、分割払いもしんどかったです。ただ社員になれば金銭的な部分でメリットがありました。化粧品担当が背負っているノルマも少なくなるし、給料も上がってボーナスも入る。全国異動OKという条件で社員になることを決めました。

給料はかなり上がりました。「欲しい物がすぐ手に入る」という安心感から自腹出費に加え私欲を満たすためにお金を使うようになりました。社員になっても自腹出費はありました。化粧品だけではなく、医薬品のノルマも見なければならなかったからです。私欲を満たすために20万以上の高級腕時計や、服、デパコス、マッサージにお金を使いました。ストレス発散のための浪費でした。

そして急に社員になり遠方の店舗にヘルプ要員として駆り出されることに。マイカーを持っていない私は1ヵ月以内に車を用意しなければならず、頭金なしで1ヵ月以内で車を用意してくれるカーリースに頼ることになりました。その額、月々63,000円を5年間。社員になったため給料が増え、独身の頃は余裕を持って払えていました。

低収入の元夫に浪費を隠して生活費を補う日々

26歳の時に元夫シゲと結婚しました。毎月自腹出費をしていること、そしてかなりの額をカードの返済に充てていることはシゲに打ち明けずに結婚しました。シゲは転職を繰り返しており私よりも低収入でした。同棲に必要なお金、結婚してからの引っ越し費用等、私のカードから支払いました。詳細の経緯については元夫の話のカテゴリーにまとめていますのでそちらもご覧ください!

段々とカードの支払いに手が回らなくなり、悩みに悩んでとうとう消費者金融に頼ることになりました。消費者金融から借り入れ→クレカの返済に充てる→またクレカで自腹購入&浪費→消費者金融から借り入れ……の自転車操業に陥ってしまいました。

債務整理と転職と離婚を経験しての再スタート

毎日支払いのことばかり考えて眠れない日々が続き、どうしようもなくなり、結婚生活中にシゲに黙ってこっそり債務整理をしました。債務整理をしてからは、債務整理後の返済額+カーリース支払額で毎月98,000円の支払いをすることになりました。もう新たにカードは作れないしローンも組めません。毎月自腹出費をしているドラッグストアの仕事にも嫌気がして今の仕事に転職もしました。シゲには離婚直前に私に借金があることをカミングアウトしました。

2023年12月、カーリースの満期となり債務整理をした私はローンを組めないため、再リースや新しい車を借りれない状況に。2024年1月4日に5年苦楽を共にした愛車を手放しました。このブログにも書いていますが、車がない状態の通勤はかなり大変でした。バスと電車と徒歩で片道1時間半の通勤時間。もう自腹出費はないし、手元のお金でうまくやりくりするだけ。

このブログを書いている現在では債務整理後の178万の借金残高が70万切るところです。滞納もなく毎月確実に返済できています。借金返済が終わってから第2の人生だと思っていましたが、まさかの借金返済中に妊娠が発覚してしまいました。これは本当に予想外でした。生活費に関しては事情を話している寝袋君に甘えている部分もあります。繰り上げ返済をしなければあと2年程で完済予定です。その頃にはお腹の子どもも2歳。それまではまだ少し、苦しい時期が続きます。子どもには金銭面で悲しい思いをさせたくないので、物心つく前には必ず完済させます!

関ららら
関ららら

ここまでお読みいただいてありがとうございました!完済に向けて節約も頑張ります!毎月の返済についてはコチラからどうぞ~