ご無沙汰しています、貞操観念ぶっこわれ女の関らららです。タイトルの通りこの度4月12日に第一子を出産しました!39w0dでの出産なので、予定日のちょうど1週間前となります。せっかくなので出産レポまとめていきます。

出産のときの写真を載せていますので閲覧注意でお願いしますー!
4/11(38w6d)寝袋君が飲み会のため妹夫婦の家に泊まることに
結局飲み会に行くことになった寝袋君。翌日には39週に入ることもあり、私の両親と妹夫婦はそろそろ私が産気づくんじゃないかと心配してくれていました。何かあるかもしれないと思った妹の提案で、寝袋君が飲み会で家を空ける4/11の夕方から翌日4/12の午前中まで妹夫婦の家に泊まらせてもらうことに。後にこの判断が吉と出ることになります…
4/12(39w0d)AM:2:00 前駆陣痛?
妹夫婦のご厚意で旦那くんと姪っ子は2階、妹と私はトイレに1番近いリビングで寝ることになりました。午前2時を回った頃、いつものように前駆陣痛の症状が出始めました。しばらく横になれば落ち着くだろうと布団に横になっていましたが、度々目が覚め全く寝れない状態に。いつもは生理2日目ぐらいの痛みでなんとか我慢できるレベルの痛みでしたが、この日はそれよりも強めの痛みが時間を空けて継続的に出るようになりました。
AM3:30 陣痛アプリを使い始める

なんだかお腹が張る感覚が狭くなってきたような気がして午後3時30分から陣痛アプリを使い始めました。時間は多少バラつきがあるものの10分以内に痛みがある状態。この辺りからお腹が張るたびに声が我慢できなくなり、「う~ん!」と唸り始める。いつもなら横になるか四つん這いになると楽になるのに、どんな体勢をとっても全く痛みが和らがない。うーんうーんと唸っていたら隣で寝ていた妹起床。一緒に陣痛アプリを見てくれました。
AM4:00 妹のすすめで産院に電話
段々痛みが強くなってきていましたが「まだ我慢できる痛み!」と高を括っていたところ、妹から「さすがにそろそろ産院に電話したほうがいい」と言われたので午後4時頃に電話。電話口の助産師さんからは「朝になると陣痛が収まる可能性がある(前駆陣痛の可能性がある)から、1時間また陣痛の間隔を見てもらって、更に痛みが強くなったり陣痛の間隔が5-6分であれば再度電話してください」と言われました。
AM4:50頃にはお腹が張るたびに「痛いー!」と声がでるレベルに。隣にいる妹から「あと10分の間に2回お腹が張ったら産院に電話しよう!」と言われました。この時点で痛みに耐えるのがやっとで産院に電話する時間を全く気にしていませんでした…。
AM5:00に産院に再度電話。来院するよう言われたので、痛みの合間にパジャマから服に着替えて、妹が運転する車に乗り込んで片道30分ほどの産院へ。助手席に乗っている間も継続して痛みの波が来るのでその度に「痛いー!」と声が漏れまくる。その時も陣痛アプリで計測していました。

とりあえず産院に向かうものの、子宮口開いてなくて帰されるかも…。そんな心配をしていたら妹に「このまま入院になるんじゃない?」と言われました。
AM6:00 産院到着、子宮口4cmで入院決定
産院に到着しあれよあれよと分娩台に上げられた私。入院バッグは妹が運んでくれてました。助産師さんからの内診で子宮口4cm開いているためこのまま入院と告げられました。帰される想定をしていた私は物事の進みが早くて理解できず、妹に「え?ほんとに入院??」と何度も確認w
それから寝袋君に電話をしましたが、電話の途中で痛みが強くなって喋られなくなり、妹がスマホを取り上げて私の代わりに状況の説明と今すぐ産院に来るように伝えてくれました。寝袋君が来るまでの間、妹は私の横でずっと手を握って「ゆっくり息吐いて、大丈夫だよ!」と励ましてくれてました。後日談になりますが、まさかこの時妹自身も分娩室に入るとは思わなくて貴重な経験をしたと話してくれました笑
AM6:40 二日酔い状態の寝袋君到着
寝袋君が分娩室に到着して付き添ってくれた妹とチェンジ。寝袋君は深夜2時(私の前駆陣痛?が始まった頃)にアパートに帰宅して、そのまま6時まで寝ていたそう。アルコールが抜けていないグロッキーな状態での付き添いとなりました(マジで最悪…)妹も寝袋君の顔を見て一発で「コイツ二日酔いだ!」と思ったそう。
妹が帰宅して寝袋君とふたりで分娩室に残された私。ここから長い戦いが始まる…
AM8:00 子宮口6cm
助産師さんの内診で子宮口がかなり早いスピードで開いていることが判明。前駆陣痛だと思ってたらコレ本陣痛らしい。どうやら私、今日出産になるらしいとこのタイミングで悟る。隣の分娩室でも陣痛に耐える人の叫び声が聞こえてきていました(「イヤーーー!!!」「もう無理ーーー!!!」「キャーーーー!!!」という絶叫系の叫び声)その声を聞いてまだ自分はあそこまで叫んでいないから痛みはマシなほうだと若干冷静になりました。隣で頑張ってる人がいるんだから、自分もこの痛み乗り越えようと決意。
AM10:00 子宮口8cm、破水
内診で子宮口8cmだと告げられ、ここから今までの人生で経験したことのない激痛に襲われました。生理痛の10倍の痛みという表現はあながち間違いじゃないのかもしれない。痛み逃がしの体勢で、四つん這いや椅子への摑まり立ち、仰向け、寝ながら横向き、バランスボールに座るのも全部ダメ…。
突然お尻から突き上げるような激痛が走り思わず立ち上がり、寝袋君にしがみ付いて「ああああああーー!!」と叫びまくることに。強烈な痛みで立ちながら脚をジタバタさせて、寝袋君の服をもみくちゃにしてました。激痛のたびに立ち上がって叫びながら痛みを耐えていたら
パンッ!!!!!
と股から音がして盛大に破水。バッシャー!と羊水が流れ出て部屋の一角がびしょびしょの水浸しに。そして寝袋君のジーパンを羊水で濡らしてしまう笑 助産師さんに分娩台に上げられ「破水したからここからお産の進み早くなりますよーゆっくり息吐いてー」と言われました。
破水してからが本当の地獄だった…
AM10:30 強烈な激痛に失神しそうになる
陣痛の合間に息を整えていたら、赤ちゃんの泣き声が。どうやら隣の分娩室で赤ちゃんが生まれたらしい。産声を聞いて「次は自分の番だ、頑張ろう」と気合いを入れ直しました。けれど破水後の陣痛の痛みは今までと比にならないレベルで、隣の人と同じように「キャーーーーー!!!!!」「痛い痛い痛い!!!!」と叫びまくることに…。
陣痛の合間のアイドルタイムで寝袋君が助産師さんの掛け声を真似して「ゆっくり息吐いて」「大丈夫だよ」「頑張ってるよ」と声をかけてくれてました。けれど私は午前2時から寝不足でこのアイドルタイムで意識が飛びそうに…。何回か寝袋君から名前を呼ばれていたそうです。意識が飛びそうになっていましたが、陣痛が来ると再び「痛い゛ーーーー!!」と大声を上げて痛みに耐えることに。汗も止まらず、陣痛の合間に寝袋君の補助で水分補給をしていました。
AM11:30 子宮口全開
ここからラストスパート。助産師さんから「子宮口が全開になったから思いっきりいきんでいい」と言われました。この時には分娩台で仰向けになっていました。脚を広げられて、お尻は下につけたままいきむ体勢に。痛みの場所も腰からお尻に降りてきて人生最大の痛みを更新し続けていました…。陣痛のたびにお尻がとにかく激痛で、いきむときに痛みを逃がそうとして無意識にお尻が浮いてしまうぐらい強烈…
PM00:00 こちゃの頭が股に挟まる
何度かいきんでいたらお股に何かはさまっていることに気づきました。「すみませんウンチでます!!!!!!」と叫んだら「それ赤ちゃんの頭だよー!!」と助産師さんに言われました。この感覚としては命がけででっかいウンチをする感じです。今までは陣痛と陣痛の合間はピタッと痛みがなかったのに、頭が股にはさまっていることで合間のアイドルタイムも陣痛とは違う激痛が続く地獄を味わうことに…。
しかもいきむタイミングで助産師さんがお股をグリグリ広げようとしているのも併せて痛い。ここからの叫びは「キャーーーーーーーー!!!!!!」「痛い痛い痛い痛い痛いーーーーーー!!!!!」「もうむりむりむりーーーーー!!!!!」「アアアア゛ア゛ア゛!!!!!」「ウガアアアアアア!!!!!」と獣の如く叫び散らかしてました。(寝袋君からもあんな声が出るとは思わなかったと言われた)
PM0:17 こちゃ誕生!
助産師さんから「もう頭出てくるよー!息の続く限りいきんで!」と言われ、次の陣痛で生んでやろうと覚悟を決める。3回いきんで助産師さんの「もうちょっと!」の声が聞こえ、なけなしの力を振り絞って最後に1回いきんだところ、いきなりドゥルンと何かが出る感覚があって痛みが和らいだことに気づきました。これには助産師さんも驚いたようで、まさかこのいきみで赤ちゃんが出てくるとは思わなかったそう笑

なんと先生が分娩室に到着する前にこちゃが爆誕しましたー!笑 分娩時間8時間40分、初産にしてはかなりのスピード出産だったそうです。そして産後に胎盤を出したり先生の処置を諸々受けるのですが、なんと会陰切開なし、お股は裂けていませんでした!!先生からも産道傷ついてないからかなり安産だったね、と褒められました。寝袋君とお迎え棒は一切していないので、寝袋君は私が挿入タイプの玩具を使っていたんじゃないかと思っていたようです…(定期的ににな君としていた要因が強いと思うな~)
ちなみにへその緒は寝袋君に切ってもらいました。

4月12日午後12時17分、2810gの男の子を出産しました!5日間の入院生活を経て現在は実家で新生児の育児をしながら療養中です。立ち合い出産で寝袋君に付き添ってもらいましたが、あの陣痛の痛みはひとりだと精神的に挫折していたかもしれません。これで寝袋君が父親としての自覚を持ってもらえたのであれば立ち合い出産の意味はあったと思います。
…が、やはり飲み会に行ったことはずっと根に持ってます。そしていつ出産になるかわからないメンタル不安定な状態で、追い打ちをかけるように別居の話をしたことも。お産のあと寝袋君から「実は産院についたときアルコール抜けてなくて俺めっちゃ気持ち悪かったんだよね」と言われ、気持ち悪くなるまで飲んでるじゃん!!と怒りがこみ上げてきました。立ち合いの感謝よりも恨みが強いんだよね…
妹夫婦の家に泊めさせてもらっていなければ… 寝袋君がいないアパートにひとりでいるときに陣痛が起きたら… きっと今以上にパニックになっていたに違いありません。妹夫婦には一生頭が上がりません。普通の生活ができるようになったら必ず恩返しをしたいと思います。
次回は入院生活について記録残していきます!


